生活分だけ働いたら、あとは「掃除と社会貢献でOKなんじゃないか」という仮説

こんにちは、のブです(*ˊᵕˋ*)

 

「いかに自分が幸せになるか?」を考える人ほど不幸を感じて、「いかに誰かを幸せにするか?」を考える人ほど幸福感を感じているというのは、数多の研究で証明されている人間の面白い仕組みです。

 

やっぱり人間って社会的な生き物なんだなぁと感じるのですが、とはいえ不思議と自分ばかりに目線が向いてしまうのもまた面白いなと思います。

 

とりあえずは「他人の幸せのために動くことが幸福感に繋がる」というのはもう証明済みの前提としまして、その上で、ソレをどう実行していくのかってことを考えて言葉にしてみたくなりました。

 

まずは生活分は働く

仕事中の男性

 

まずは生活ができないと話になりませんので、「普通に生きられるだけのお金をお仕事を通して頂く」ことも大前提ですよね。

 

これは当たり前すぎてアレなのですが、とはいえココで「働きすぎなくていいんじゃない?」というのもボクの中であります。

 

働くのが好きならいいのですが、ここは必要分でいいのかなぁという感じです。

 

掃除をする

石けん 手洗い 掃除

 

なぜか分からないのですが「掃除をする・清潔にする」ことも幸せのために重要な要素なように感じていて、ただ言葉にはなってない状態です。

 

また考えていきたいと思います。

 

あとは社会に良いコトをする

川と船

 

仕事をして生活は保たれ(ご飯が食べられて)、掃除もして心身がキレイになったなら、もうそれは「十分に幸せな状態(本来的には)」なので、あとは誰かの幸せのために動くってスタイルが幸せになりやすいんじゃないかという仮説です。

 

最終的には「他者貢献」が幸せを生むことは確定しているので、まぁ間違ってないだろうなぁというところなのですが、「誰かの幸せのために何かをする」っていうところが人それぞれ違うところですよね。

 

でもコレって「心持ちの問題もある」と思っていて、例えばミュージシャンが曲を作るにしても①「ヒットしてぇ!有名になりてぇ!」って思って作るのか、②「皆のテンションがぶち上がる曲を作って喜んでもらうぞぉお!」と思って作るのかって話にもなってきます。

 

最終的にその曲がその心持ちでどう変わるのかはさておき、おそらく②の心持ちで作った方が、作った本人は幸せになれる…というのが研究結果から予想できます。

 

普段、自分がしている活動を「自分の喜びを考えてやるか、他人の喜びを考えてやるか」を変えるだけできっと変化があるんだろうなと思っていて、それはまるで13から24のビートに変えるような、ちょっとしたことなのに大きな変化があるものなのかもしれません。

 

まだ仮説状態というか、「絶対にこうなのである!!!」みたいな感じではないのですが、そんな気持ちで色々また取り組んでいこうと思います(*ˊᵕˋ*)

 

それではまた明日!