幸せを保つのが難しい理由と対策

幸せを保つことの難しさについて、

考えが深まったので書いておきまする

 

え〜とですね、

瞑想をしたことがある人なら分かる

呼吸に意識を向け続けることの難しさ

から。

 

雑念が浮かんできて、

また呼吸に意識を戻してを繰り返す訳ですが、

呼吸に意識を集中させるって中々できないもんだと、

誰もが思うはず。

 

これと幸せキープはすごく似ているのだ、

ということに気が付いたのです。

 

幸せになりたいとボクらはいつも思ってますが、

日本人はほとんどの場合、

もう既に幸せだと思える状況にいるはずで、

衣食住足りて、

スマホという凄い機械があって、

ネットがあって、

仕事を選べて、

生活保護なんて制度まで用意されてて、

安全で、

外敵に襲われる心配もあまりなく…

 

これは、生き物的には、

幸せの極地

くらいのレベルの状況のはずです。

 

そこでこんな考えが浮かびます。

 

理解はできる。

確かに幸せな状況ではある。

ただ、幸福感が長続きしない。

すぐに有り難みを忘れてしまう。

次々と求めてしまう。

 

これは生き物として自然なことで、

現状に満足せず、

もっともっとと追いかけるシステムになっているのだということ。

 

そういう祖先が生き残り、

現状に立ち止まる人たちは淘汰され、

そういう遺伝子はあまり残ってないのだという証拠。

 

この、

幸せであったことを思い出して感じる行為が、

瞑想での呼吸に意識を向ける行為とほぼ同じ

ということに気がつきまして。

 

幸せはもうある。

ただ、そこに目をむけ続けるのが簡単な仕組みにはなってない。

それは練習すればするほど上手になっていく瞑想スキルと同じで、

幸福スキルとは、

幸福であることに意識を向け続けるスキルなのだ

と気がつきました。

 

これは簡単じゃない。

すぐに意識が幸福から離れ、

いろんな心配事を考え始め、

色んな「もっと」や「あれもこれも無い」に意識が移っていく。

 

それも生きてく上で大切なので、

それを「良くないこと」と考えるのはまた違うと思うし、

ただ、ほとんどのことはまやかしなモノだから、

本当はもう幸せが溢れてることに意識を向け続けること

がやはり大事だろうなと思う訳です。

 

これは本当にいいことに気がつきました。

幸福感の持続はスキルであり、練習によっ鍛えていくものである

 

幸せに意識を向けて、

良い1日を過ごしていきたいですね!

終わり!