無意識下になったコト=デキることかもしれない説

 

同僚「ほんと文字打つの早いね〜」

ワイ「仕事でやってたので…よそ見して話しながらでも打てるようになりましたね」

同僚「すげぇな〜俺もやろうとしたんだけど無理だったわ」

ワイ「あ〜でも分かります。仕事で必要になるまではボクも全然出来なかったので…仕事でやることってやっぱ身につきますよね」

同僚「あ〜そうだね〜。俺、前の仕事の時に、後ろの席に20人くらい文章作る係の人たちがいてさ〜皆めちゃくちゃ速かったよ」

 

そんな会話が昨日あったんです。

その瞬間は何も思ってませんでしたが、

今日になってハッと気づきました。

無意識でデキる状態まで持っていくってどういうことかを体験してるじゃんと。

 

タイピングって、かなり文章を書く人じゃないと中々身につかない部分ってありますよね。

そんなことをする程でもない文章量なら必要不可欠じゃないスキル。

できたら役に立つけど、しばらく頑張らなきゃいけないスキル。

 

最初はうーむと思いながら、ミスタイプしては消して…といったもどかしい時期があります。

まるで、左手にお箸を持ってご飯を食べるようなめんどくささだった気がします。

 

自分は文章を書く仕事を始めたので、大量に文章を書くにはどうしてもブラインドタッチが必要になりました。

それでしばしの我慢をして身につけましたが、その段階はグラデーションでした。

 

最初はゆっくり、間違えては直しながら。

少しずつスピードが上がって、でも間違えやすい文字がまだありながら。

段々と意識から離れていって、高速化されていきながら。

 

いつぞや師匠に

「無意識でできるようになるまでは意識を途切らすな」

と言われたことがありました。

そんな言葉と、このタイピングでの体験がリンクしたんです。

 

無意識でできるってどういうことか?

無意識でできる前の段階は、どんな状態、どんな心境なのか?

きっと他のことをやったって、あまり変わらないだろうと思うんです。

 

今、ドラムをやってて、基本的なビートは無意識で当然デキます。

慣れていて気にしなくても出来るパターンもあります。

一方、意識してもちょこちょこミスするパターンは無限にあります。

ほぼそうだと言っていい位です。

 

「出来るようになった」

という状態は、これまでの自分の考えでは、

「意識してできる状態」

を指していました。

 

しかし、今思う出来る状態とは

「無意識でもできる状態」

じゃないのと思ったんです。

 

また、無意識に出来ることだとしても、

もっと詰めてやらなきゃいけないのが演奏というもの。

なんせ感動したり楽しんでもらったりしなきゃいけないので、ただ叩いてるだけの現状は、

「出来てるけど出来てない」

と思うんです。

 

となると、

「ここまでは無意識でできる」

「このポイントはまだ意識して、無意識になるまで持っていかなきゃいけない」

と、頭の中で考えが浮かんできました。

 

「まるでタイピングのように無意識で出来る状態」

「まるで話すように、当たり前に出来る状態」

そうなるまでに必要なのは、圧倒的な量。

 

そんな訳で、しばらくはこの考えで取り組んでみようと思います!

ではまた_φ(・_・