「気にせず生きろ」が最強のアドバイスだって話

「気にすんなよ~」

「気にし過ぎだって~」

 

なんか傷ついて誰かに話をするシーンで、たびたび「気にせず淡々と」とアドバイスされることがあると思う。

本を読んでも「気にせず自分らしく生きろ」と書く著者さんは多い。

 

「気にするな」は中々簡単にできることじゃない。

しかし、年々、できるようになった今思う。

これはやっぱり最強のアドバイスだったのだ。

 

本当に、本当に気にしなくていいのだ。

ほとんどのことは気にしなくていい。

 

なんか変な反応されたとか、

嫌われてる気が~とか、

あんなこと言われた~とか、

世界情勢が~とか、

ふいに間違えてしまった~とか、

ほっとんど、気にしなくていい。

 

例えば、誰かがなんか言ってきたとする。

しかし、殴られて痛い訳でもなんでもない。

金を取られた訳でもない。

なんの実害もない。

ただあまり頭の良くない人がおかしな行動をしただけのことなので、マジで気にしなくていいのだ。

どこぞのNPCがなんかやってたくらいのことなのだ。

「へぇ~」って言って、また普通に仕事するなり作業するなりすればOKだ。

 

例えば、何か噂話をされたとする。

なんにも気にしなくていい。

なぜなら、自分自身がやましいことをしてなくて、いつもキッチリやっていたなら、

それを周りは知っているので、

「アイツ別に悪いヤツじゃないんだけどなぁ」

とか、

「そういう意味の話じゃないんだけどなぁ」

とか、周りは勝手に思ってくれるのだ。

つまり、これも実害は無いのだ。

なんなら噂話してる人の人格評価が下がるだけなくらいだ。

耳に入っても「ふ~ん」って言って、また普通に仕事するなり作業するなりすればOKだ。

 

世界情勢も、自分が何か影響を及ぼす行動ができる訳じゃないのだから、

世界の流れだけ知っておいて、その流れに逆らわない方向を向いているだけでOKなのだ。

 

もしも、気にしなかったことで不利益が発生したとする。

しかし、それがなんだ。

死にゃしないのだ。

俺たちは明日もご飯を食べられるし、エアコンの効いた部屋でスマホやPCをペチペチできる。

楽しいゲーム、漫画、動画が消えてなくなることはない。

変なことをしてないのなら、友達も消えない。

恥じぬ行動をしている限り、本当~~~に大切なことは自分から離れていかないのだ。

 

結論、本当に気にしなくていいのだ。

ひょうひょうと聞き流し、淡々とやるべきことをやってりゃいいのだ。

やるべきことをやったら、楽しいなと思えることをやってりゃいいのだ。