一喜一憂の激しい方におすすめ「喜ばない」練習。「苦しまない」練習。

恐竜

最近、僕の心の中は色んな自己嫌悪のような感情でめちゃくちゃになっていたのかもしれません。

今思えばそうだったのかな?と思うのですが、その時は全く分からなかったんですね。

そして、その根本的な原因は「不足感」(足りない足りない!という感じ)だったのですが、他にも「一喜一憂」という事があったんだろうなぁと思いましたので、ここに書いておこうと思います。

(写真に意味はありません。)

一喜一憂は振り子の如く

なぜ一喜一憂が問題だったと思うのか?

それは、一喜するから一憂し、一憂するから一喜しているのだという事に気がついたから。

それはもう、振り子のように必ず起こる現象なのだと気がついたんです。

喜んだら喜んだままの人ってそうそういないはずで、喜んだ後はまたプラマイゼロの所に戻っていき、喜んだ分の勢いでマイナス方向に振り子がふれていく。これはきっと自然現象なのだと理解したんです。

そうではなくて、もっと淡々と日々を積み上げていきたいと、僕は本当は思っているんだなぁ~ということを感じました。

固い話しなんですけど、言い方を変えれば「はー落ち着いて着実に生きてぇ。」ということです。

喜びを抑えられた、静かな喜び

嬉しい!と思った時、嬉しい事を感じるのって悪い事じゃないように思っていました。いや、事実悪い事ではないはずです。

実はつい先程も嬉しい事があり、「よし!」と心の中で思ったんです。

そして、心が高揚していくのを感じた瞬間に、その気持ちを止めました。

「待て、喜ぶな。淡々と。」

僕はこの喜びを止められた事を、静かに嬉しく思っています。

もしそこで喜びきっていたなら、きっと僕はまた何処かでマイナス方向にふれていくのですから。

まぁ本当は「いいやったああああああ!いやいやいかんいかん。落ち着けウフフフフ。はっっっ!しまった落ち着け落ち着け…フフ」みたいな感じだったんですけどね…。

着実な成果に繋げていく

先日投稿したブログ記事で、朝起きて、やることやってから自由時間を過ごすスタイルでいきますと書きました。

数日ではありますが、ちゃんと続けられています。

今日も会社に行く前に、日課・習慣としたい仕事量をこなしてから仕事に向かえました。

こうした事が、小さな積み重ねとなり、自信・成果に繋がっていくだろうなと感じてます。

一喜一憂しない、動じない力。

それが「心の安定」に繋がり、「安定した毎日」に繋がり、「着実な積み重ね」を生むだろうと感じています。

ま、数日なんですけどね。すぐ心変わりしちゃう子なのでアレなんですけどね。

やることはさっさとやってしまう

心を遊ばせてあげる事も同時に意識しています。

朝いちは習慣としてさっさと仕事をやるのですが、その後は自由です。

僕の仕事は6時間もあれば確実に終わってしまいますし、自宅ですから通勤時間も無いので、本当にそれくらいの時間以内で終わります。

そして、僕は朝いちの最強のエネルギッシュな状態で仕事に臨むために、顔も洗わずに作業し始めます。

途中で一息つく瞬間もありますので、そこで顔を洗う事はありますが、まずは手をつけて半分くらいまでは一気にやってしまいます。

これがとても僕の中で大切な事で、例えるなら「テスト前のお掃除の話し」です。

テスト前に部屋の模様替えをしたり掃除をしたくなった事って、結構多くの方がありますよね。

あれって、実は勉強するのが嫌すぎて、自然に脳が「その他の良い行動」を選ばせていると言われています。

そして僕もそれに同意です。

僕の場合は、朝いちに洗顔をすべきか、ご飯を食べるべきか、掃除をするべきかという選択肢があります。

どれもこれも、悪い行動ではありません。むしろ望ましいくらいでしょう。

しかし、僕にとって一番やらなきゃいけない勉強的なことは、仕事なんです。

なので、まずは仕事をやってしまう。さっさとやってしまう。

そこから何でもかんでも好きにすればいい。

気合いが必要な瞬間はまだまだ多いです。

村上春樹さんの真似スタイルでこれをやっているのですが、村上春樹さんは朝いちに仕事を終わらせてしまう理由を「自分を習慣の動物にしてしまうこと」という風に表現しました。

僕はこれに大きく頷き、やってみたら効果覿面で。

心の中では「村上春樹さんと同じ事やってんだから、いつかは俺、村上春樹クラスになっちまうかもしれないな…!」なんて考えた事はないこともないです。

子供の部分を解放

一喜一憂しないようにしていると書きましたが、僕は楽しい事はするようにしてます。

ただ、「誰かに認められた!褒められた!」というような時や、「誰かに嫌われた、注意された」などといった、対人で起こること、また「お金が増えた、減った」というようなことに一喜一憂しないようにしているだけで、楽しい事はするんです。

漫画も読むようになりましたし、映画も見ます。きっといずれ、ゲームもし始めるでしょうね。

そうやって、自分の中の「子供の部分」を解放してあげる事が、僕のこれからの為にとても重要な事だと感覚的に感じたんです。

やることやって、沢山遊ぶ。シンプルに言ってそれだけの話しなのに、僕はそれが中々出来ずにいました。

遊ぶの部分を仕事にあてれば、もっと成果が出るじゃないかと思っていたんです。

事実、成果は出るんです。でも、言葉に中々出来ないのですが、それは何かおかしいと直感したんですね。

この時の心の声としては「お前はクソみたいなヤツなんだから、いきなり聖人になろうとすんな!まずはカスくらいになれよ!焦らずに出来る範囲でやっとけクソが!」という感じだったかもしれません。

習慣を感情の上に置く

人それぞれの人生のやり方があって、僕の尊敬する人達は年がら年中頑張っていたり、または年がら年中頑張っていなかったりします。

つまり、何でもいいんだ、どんな生き方でもいいんだ、と。(笑)

何でもいいんだったら、何でもいいんだから、自分が安定的に楽しく、かつちゃんと成長していける道を選ぶ事にしました。

焦らない、浮かれない、落ち込まない。

そして、毎日を積み重ねる。習慣を感情の上に置く。

そして遊びの習慣がどんどん身についていく未来がやってきそうで怖いと思ったりもします。ビビらないビビらない…。

人からの影響を減らして習慣に集中

この流れを大切にする為に、僕はこれから人と会う機会をもっと減らすだろうと思います。(既にとても少ないのですが)

まだまだ習慣が身につききっていないから、確立出来たと感じるまでは人の思想の影響を減らしていこうと思っているんですね。

これはビジネス書などもしかりで、なるべく様々な生き方、思想を取り入れないことで、まずはこの流れに乗っていこうと考えています。

友達に会うのは半年に一度、または年に一度くらいで良いのではないかとも感じています。

積もり積もった面白い話しが出来ればそれで良い。

とか言って、友人たちは結構ちゃんと積もらしてくるのですが、僕はあんまり積もってなくて、面白い話しが無いのがいつものパターンですはい。

成長を感じられる積み重ねを

一喜一憂をしない、淡々と生活する為には、「自分は少しづつ成長しているな」と感じれる何かがあることも大切なのではないかと思います。

一日一段、階段を上がっているんだなという感覚です。

昔、大庭園を作った偉大な方がいたのですが、その方は毎日必ず執筆するという習慣がありました。

それはいつか本になり、著作が沢山生まれたのですが、この本を書くという行為は分かりやすく積み重なるのでとても良いと思うんですよね。

僕は今、サイト作りやブログを通じて、色んなスキルを少しずつ磨けています。

やっている内に、必要が出てきて勝手に磨かれていくのですから、楽なものです。(笑)

最近身につけたスキルは「無駄に文章量を増やすスキル」です。使い道多いんですこれ。無駄にね。

終わり

長くなりました。ここまでにしておきます。

一喜一憂よりも、常に静かな心でいること。

でも、楽しい、幸せだなという感覚を同時に感じ続けること。

これが僕のしばらくのテーマとなりそうです。

淡々と積み重ねて、積み重ねて、積み重ねて、居心地の良い、丁度いいお城にしていこう。

ではまた明日(*’▽’)

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